副題:経路を見つけて、制御点で断つ

想定読者:CISO、IAM/PAM担当、SOC、Active Directory管理者

第2回で認証の入口を固めました。しかし、それでも侵害は起こります。委託先の端末から、パッチの当たっていない社内サーバから、あるいは回復経路の隙から。

そのとき問題になるのは、入られた場所から特権までの距離です。一般利用者のアカウント1つが奪われたときに、そこから数ステップでドメイン管理者に到達できるのか、それとも複数の制御点に阻まれるのか。この差が被害の規模を決めます。

1. Attack Pathは設定ミスではなく、運用の堆積物である

Attack Pathとは、あるアカウントから別のアカウント・システムへ到達できる権限の連鎖のことです。Active DirectoryやEntra IDの権限関係を有向グラフとして表現すると、経路として可視化できます。

重要なのは、こうした経路の大半が正規の設定の結果だという点です。

  • ヘルプデスクにパスワードリセット権限を委任した
  • プロジェクトのために一時的に権限を付与し、終了後も残っている
  • 運用を簡単にするため、サービスアカウントに広い権限を与えた
  • 特権アカウントで一般端末にログオンし、資格情報が端末上に残った

一つひとつは合理的な判断でした。しかし10年分が積み重なると、誰も全体像を把握していない権限のネットワークができあがります。設定ミスを探しても見つかりません。正しい設定の組み合わせが、意図しない経路を作っているからです。

2. 経路を洗い出す6つの観点

専用ツールがなくても、次の観点で棚卸しすれば主要な経路は見えてきます。

観点

何を見るか

典型的に見つかるもの

特権グループの実効メンバー

入れ子のグループを展開した最終的な人数

「Domain Adminsは3人」のはずが、入れ子を展開すると数十人

権限の委任とACL

OU単位の委任、オブジェクトのACL(パスワードリセット、グループ書き込み)

ヘルプデスクから特権アカウントのパスワードを変更できる

サービスアカウント

権限の範囲、パスワードの更新頻度、対話ログオンの可否

管理者権限を持ち、パスワードが数年変わっていないアカウント

資格情報の残存

特権アカウントがどの端末・サーバにログオンしているか

一般端末に残った特権の資格情報(T1550.002/T1550.003の起点)

ハイブリッド連携

オンプレADとEntra IDの同期アカウント、同期サーバの権限

オンプレ側の侵害がクラウド側の管理権限に波及する経路

クラウド側のロールとアプリ権限

ディレクトリロールの保有者、アプリケーションに付与された権限

強い権限を持つアプリの資格情報(ユーザー認証を経ずに使える)

最後の2つは見落とされがちです。オンプレミスの特権管理を厳格にしていても、ハイブリッド連携の経路が開いていれば、そこを迂回されます。オンプレとクラウドを別々に評価しないことが重要です。

3. ITDRは何を検知するのか

ITDR(Identity Threat Detection and Response)は、EDRがエンドポイントを見るのと同じように、ID基盤そのものを対象にした検知・対応の考え方です。第1回で挙げた「認証の文脈」の監視に加えて、ID基盤の構成変化を見ます。

検知すべき代表的な事象

  • 特権グループへのメンバー追加:特に業務時間外、または普段その操作をしない者による実行
  • 権限委任・ACLの変更:特権オブジェクトに対する書き込み権限の付与
  • MFA認証器の登録・変更:第1回で触れた永続化の典型
  • 同期設定・フェデレーション設定の変更:信頼関係そのものへの介入
  • サービスアカウントの異常な利用:普段接続しないシステムへの接続、対話ログオン
  • 資格情報の窃取を示す挙動:ドメインコントローラへの異常なレプリケーション要求など

これらに共通するのは、攻撃者が権限を維持・拡大するために必ず通る操作だという点です。初期侵入の検知は難しくても、ここは検知の余地があります。

4. 制御点で断つ

経路が見えたら、次はどこで断つかです。すべての経路を消すことはできないので、通らざるを得ない場所に制御点を置くという考え方をとります。

制御点

断つもの

実装の例

特権の常時保有をなくす

奪われたときに即座に使える権限

必要なときだけ昇格させる(Just-In-Time)、承認と時間制限、作業目的の記録

特権作業の経路を限定する

一般端末経由での特権利用

専用の管理端末・踏み台からのみ特権操作を許可し、一般端末からの特権ログオンを禁止

階層を分離する

下位層から上位層への資格情報の流出

Tier 0(ID基盤)/Tier 1(業務サーバ)/Tier 2(クライアント)を定義し、上位の資格情報を下位で使わせない

認証の強度で分ける

パスワードのみで通る特権操作

特権操作にデバイス束縛型のフィッシング耐性認証を要求(第2回の使い分け)

サービスアカウントを管理下に置く

更新されない資格情報

パスワードの自動管理、対話ログオンの禁止、接続元の制限

アプリ権限を絞る

ユーザー認証を経ない経路

アプリへの権限付与を承認制にし、強い権限を持つアプリを定期的に棚卸し

このうち階層の分離が最も効果が大きく、最も手間がかかります。既存環境への適用は段階的にならざるを得ないため、Tier 0(ドメインコントローラ、ID同期サーバ、PKI、特権管理基盤)の保護から着手するのが現実的です。

5. 運用に乗せる

一度きりの棚卸しで終わらせないために、指標と周期を決めます。

  • 実効的な特権保有者数:入れ子を展開した実数。四半期ごとに測定し、増加を説明できるようにする
  • 常時特権を保有するアカウント数:Just-In-Timeへの移行が進んでいるかを見る
  • Tier 0資産への非準拠アクセス件数:専用端末以外からの特権操作
  • 特権到達までの最短ステップ数:主要な一般アカウントから特権までの距離。改善が数値で見える
  • 棚卸しから是正までの平均日数:見つけた経路を実際に閉じているか

そして年1回、ID侵害を前提とした演習を行います。「一般利用者のアカウントが1つ侵害された」という前提から、どこまで到達できるか、どこで検知できるかを机上または実機で確認します。Series 07で扱うPurple Teamの考え方と同じで、防御の有効性は測定して初めて分かります。

設計チェックリスト(10項目)

  1. 特権グループの実効メンバーを入れ子込みで把握しているか
  2. 権限委任とACLを棚卸しし、特権への書き込み経路を特定したか
  3. サービスアカウントの権限・更新頻度・対話ログオン可否を把握しているか
  4. 特権の資格情報が一般端末に残らない運用になっているか
  5. オンプレADとクラウドIDを1つの経路として評価したか
  6. 強い権限を持つアプリケーションを棚卸ししたか
  7. 特権グループ変更・委任変更・MFA登録をリアルタイムに検知できるか
  8. 常時特権をなくし、時間制限付きの昇格に移行しているか
  9. Tier 0資産への操作を専用端末に限定しているか
  10. 特権到達までの最短ステップ数を定期的に測定しているか

シリーズのまとめ

3回を通じて扱ってきたのは、IDが境界になった環境での防御の組み立て方です。

第1回で、攻撃が正規の仕組みをそのまま使うこと。第2回で、認証の結果を横取りされない方式があること。第3回で、それでも入られたときに特権までの距離を長くしておくこと。

この3つは順番に効きます。認証を固めずに経路だけ整理しても入口は開いたままですし、認証だけ固めても侵入後の被害は変わりません。入口と経路の両方を、同じ計画の中で設計することが、ID起点の攻撃に対する現実的な答えだと考えています。

主要出典

  1. MITRE ATT&CK「T1078 Valid Accounts」
  2. MITRE ATT&CK「T1550 Use Alternate Authentication Material」(T1550.002 Pass the Hash/T1550.003 Pass the Ticket)
  3. NIST SP 800-63B-4「Digital Identity Guidelines: Authentication and Authenticator Management」(2025年8月26日)
  4. 金融庁「金融分野におけるサイバーセキュリティに関するガイドライン」(2024年10月、2025年7月一部改正)
  5. NIST「Cybersecurity Framework (CSF) 2.0」(2024年2月)

本記事は公開情報に基づく一般的な解説です。製品固有の実装に依存しない形で記載しています。